2025年中部教区は宣教150周年を迎えました。
この記念すべき年に、中部教区のこれまでを振り返り、現在地を確認し、未来に向けて『裸足の宣教』の道を歩みだすためのZoomシリーズが1月、3月、5月に開催されました。
この度、講演会部分の動画が完成しましたのでZoomシリーズによるお話しを是非ご覧ください。
2025年中部教区は宣教150周年を迎えました。
この記念すべき年に、中部教区のこれまでを振り返り、現在地を確認し、未来に向けて『裸足の宣教』の道を歩みだすためのZoomシリーズが1月、3月、5月に開催されました。
この度、講演会部分の動画が完成しましたのでZoomシリーズによるお話しを是非ご覧ください。
この8月末、私が理事長をつとめているキリスト教学校教育同盟の協議会が、京都にある同志社高校を会場にして開催されました。同志社高校は、何と言っても私の母校です。1981年に卒業して以来、周囲を車で回ったことはあったのですが、学校の中に入るのは、卒業以来の実に44年ぶりのことでした。
協議会は、同志社高校のチャペルで行われましたが、高校生当時、私はまだ洗礼も受けておらず、毎朝の礼拝欠席多数で校長訓戒まで受けたという不届き者でしたので、そんな私が高校チャペルの壇上でご挨拶をしているのも、何とも不思議なことでもありました。
2010年に校舎などが全面的に改築されたので、懐かしい建物はほとんどありませんでしたが、体育館の壁面に、「四方秀和MEMORIAL」という銘板を発見した時は、胸が揺さぶられました。四方秀和君は、私の同志社高校3年A組の同級生で親友でしたが、1985年の御巣鷹山、日航ジャンボ機墜落事故で亡くなりました。22歳の若さでした。東京の知人に会いに出かけた帰りで、初任給で買ったチェックシャツ姿のまま発見されました。
「息子の名前をつけた奨学金をつくって、後輩の子が息子のように楽しい高校生活を送る後押しがしたい」というご両親の思いを、私たちのクラス担任であった先生が受けとめられ、ご両親からの寄付金をもとに、1991年、四方秀和君の名前を冠した奨学金がつくられました。「四方秀和MEMORIAL」として、今もこうして彼の名前が同志社高校の中に刻まれていること、そして彼の死後ちょうど40年を経た記念の時に、彼の名前と再会できたことに、思わず落涙してしまいました。
私たちが、「逝去者記念の式」で祈るように、「世を去った者」と「今なお世にある者」は、このようにして確かに結び合わされているのだと、あらためて告げられた瞬間でもありました。
9月も残すところあと4日となりました。10月はいよいよ中部教区宣教150周年記念礼拝が開催されます。各地変更箇所が多くございます。礼拝カレンダーをご確認になり是非過ごしやすい秋を満喫しつつ教会にお出かけください。
※9/26修正・・・10/26稲荷山諸聖徒教会を修正しました。

毎日暑い日が続きますが、朝晩は風が通るようになってきました。
皆さまのお住いのエリアではいかがでしょうか?
9月号の礼拝カレンダーが完成しましたので、お知らせいたします。
8/28修正…9/6長野聖救主教会、稲荷山諸聖徒教会、9/28稲荷山諸聖徒教会を修正しました。

2025年8月19日
主の平和
初秋の候、益々ご健勝のことと存じます
「1875年10月20日は、英国教会宣教協会が新潟の地で宣教拠点を開始した日として記録されるであろう」とするファイソン師の直筆の書簡が見つかったことから、10月20日を新潟聖パウロ教会宣教開始記念日とし、直近の主日である10月19日(日)に新潟聖パウロ教会宣教開始150周年記念聖餐式を開催します。150周年記念事業として、教会前に「宣教師P.K.ファイソン師 イザベラ・バードゆかりの地」として案内板を設置しますが、これに関連して、午後には「ファイソン師の新潟における宣教(仮)」として講演会を開催いたします。多くの皆様のご参加をお待ちしております。 在主
記
2025年10月19日(日)10時半~ 聖霊降臨後第19主日聖餐式
司式・説教:サムエル大西修主教
午後 「ファイソン師の新潟における宣教(仮)」
講師:トマス大関達也兄(新潟聖パウロ教会信徒)
日本聖公会中部教区新潟聖パウロ教会
牧師 司祭ヨセフ石田雅嗣
電話:025-222-0474
新潟県新潟市中央区医学町通2番町74
長嶋茂雄さんが6月3日に逝去されました。どの世代の者たちにとっても、まさにスーパースターでした。長嶋さんは、1954年立教大学に入学すると同時に野球部に入部。東京六大学野球で大活躍されました。2017年、立教大学が優勝した際には神宮球場で応援くださり、大いに喜んでくださいました。
昨年の立教学院創立150周年記念に、立教大学のキャンパスに設置された長嶋さんの記念碑のために、このようなメッセージを寄せてくださいました。
「立教の後輩たちへ。自分の持っているもの、そのすべてを出し切ったら、悔いのない一生になるはずです。そのために社会に出たら自分をどう表現したらいいのか。僕はそれを学ぶのが学生生活だと思います。自分を甘やかさないで、何事にも積極的に取り組んで、社会に出たら示すものをたくさん蓄えてください。2024年5月11日 長嶋茂雄」
2021年12月に、私は長嶋さんとお食事を共にする機会を与えられました。幼い頃からテレビで見ていた長嶋さんとご一緒させていただくのは光栄でしたが、その謙虚かつ温かいお人柄にあらためて感服しました。立教大学への深い愛情も伺うことができ、感謝でした。
その際に、長嶋さんが、自分にとって立教大学で最も懐かしい場所は実はチャペルだとおっしゃったのを忘れられません。チャペルで祈る時間と空間が、
何よりもお好きだったとのことでした。80歳を超え、お体の不自由さと共に生きる中で、ますますチャペルへの思いが深くなっていったそうです。
学生時代に撒かれた「祈りの種」は、こうして60年以上の歳月を経て、実をつけ、花を開かせるのだということを、あらためて確認することができた瞬間でもありました。
立教大学ではこの9月に、長嶋さんが大好きだったチャペルで、長嶋さんの逝去者記念の祈りの時を持つことを決めました。