礼拝カレンダー2026年8月

大暑を過ぎ、中部教区センターある名古屋では連日熱中症警戒アラートが出ています。
皆さまのお住いの地域や、教会のある地域でも、暑さ厳しい日々だと思いますが、
どうぞ皆さまお体を大切にお過ごしください。8月号の礼拝カレンダーをお知らせいたします。

タゴールと青空

 軽井沢ショー記念礼拝堂の手前の山道を東に登っていくと、標高1200メートル、碓氷峠の「見晴台」という観光名所に到着します。
 2月のある晴れた寒い日に、この場所に出かけてみました。高台からは見渡す限りの青空が広がっており、首をめぐらすと群馬県側の妙義山、そして長野県側の浅間山の姿をみることができます。また後で知ったことですが、この場所は太平洋と日本海の分水嶺にあたり、降った雨は利根川を通って太平洋に、また千曲川を通って日本海に注いでいくそうです。群馬・長野両県の境目ということで、見晴台にはモニュメントが建っており、その中央を境目に県が分かれるのです。
 このモニュメントの真ん中に立って、最初はふざけていたのですが、その後考え込んでしまいました。その場所に立つことに、痛みを感じることなく過ごしている自分を、恥ずかしく思いました。
 青空には全く切れ目がなく、どんな境界線も引くことができません。天上を、静かに鳥たちが渡っていきます。しかし地上にある人間の世界は、人為的に境界を定め、分けることによって成り立っています。国境により生活が分断され、家族が離れ離れになり、また軍隊が武器によって血を流しあう、そのような状況が、世界中で続いているのです。
 見晴台に着いてすぐの広場には、インドの詩人、ラビンドラナート・タゴール(1861~1941)の彫像があります。タゴールは1916年に軽井沢を訪れ、日本女子大の講習会にて「祈り」をテーマに話をしたそうです。徹底した平和主義者であったタゴールを記念し、彫像の台座には「人類不戦」の文字が日本語とベンガル語で刻まれていました。見晴台に立って、「タゴールもこの青空を見たのだろうか」と思いました。
 降り注ぐ雨水が海へ流れゆくような、神様や自然が造り上げた分岐ではなく、エゴと権力によって強引に引かれた境界線と、それをめぐっていのちが傷つき、失われていくことに、人間の愚かさを感じました。天と地、青空と境界線の対照的な姿をみながら、神学校の研修旅行で訪れた韓国の38度線付近、そしてその近くの村で和解と一致、傷ついた人々のために力を尽くされている信徒・教役者の方々のことを思いました。
 わたしたちが本当の意味で境界線を乗り越え、自分たちの心に青空を回復するのは、いつのことでしょうか。やはりそれはキリストの十字架という真実により頼むこと、そして小さなことしかできなくとも、自分たちも和解と一致の使者として、ささやかながら働いていくことでしか、実現できないと、私は感じます。
私自身も、人びとの心の内に引かれた目に見えない壁を、(暴力的に越境するのではなく、また人の大切な境界線は尊重しながら)、境界をめぐって共に悩み共にあることによって、少しでも乗り越える働きがしたいと願いました。

 「キリストは、私たちの平和であり、二つのものを一つにし、ご自分の肉によって敵意という隔ての壁を取り壊し…十字架を通して二つのものを一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼしてくださったのです」(エフェソ2章15~16節)。

司祭 洗礼者ヨハネ 大和孝明
(上田聖ミカエル及諸天使教会牧師)

『風、薫る』

 私は今、NHK連続テレビ小説『風、薫る』のキリスト教考証を担当させていただいています。『風、薫る』は、近代的な看護を日本で初めて実践し、看護師という働きの礎を築いた大関和と鈴木雅をモチーフとした二人のナース、一ノ瀬りんと大家直美が主人公です。実際の大関和は熱心なキリスト者として、看護のみならず、日本キリスト教矯風会などの働きにも大きな貢献を果たしました。二人が学んだ桜井女学校は、米国長老教会の経営のミッションスクールとなり、1886年に看護婦学校を設置、後に女子学院となります。さらには同校を母体として、新潟県の高田女学校も開設されます。大関和は1890年、高田女学校の伝道師及び看護婦を務めた後、1891年には高田の知命堂病院の初代看護婦長を担います。
 今回の『風、薫る』は、大関和、鈴木雅を「モデル」とするのではなく、あくまでも「モチーフ」で、実際の二人の歩みを史実的に辿るものではありません。NHKからのご依頼は、大家直美が世話になった教会、ミッションスクールとしての看護学校などをめぐっての考証でした。大関和が指導を受けた長老派の大牧師、植村正久牧師などは登場しないものの、長老派教会の雰囲気などを意識した考証を心がけました。
 当初、NHKから吉江善作牧師役が原田泰造さんと伺った時に、少しイメージが湧かなかったのですが、いつも直美が自分らしく生き、自立していくことを、祈りをもって見守り、彼女に心底、共感する吉江先生を見事に演じられています。直美の話を聴きながら、また、彼女が綺麗な髪を切るのを手伝いながら、ぼろぼろと泣く吉江牧師。そんな姿をスタジオで間近で見ながら、確かに牧師とは、信徒のために祈り、自らも胸を痛め、その人のために涙を流すことのできる者でなければならないと、あらためて教えられたのです。