名古屋聖マタイ教会創立75周年行事関係

2026年名古屋聖マタイ教会では創立75周年記念行事を行います。

<記念聖句>
私は、すでにそれを得たというわけではなく、すでに完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスによって捕らえられているからです。
(フィリピの信徒への手紙3章12節)

<記念礼拝>
2026年9月20日(日)10:30~

礼拝カレンダー2026年5月号

日中はすっかり初夏の訪れを感じる気温となってきました。お出かけの際は、体調に無理のないようにお気を付けください。

礼拝カレンダー5月号が完成しましたのでお知らせいたします。修正等ありましたら中部教区センターまでお知らせください。

5/1修正…5/31名古屋聖マタイ教会の聖餐式司式者を修正しました。

いつくしみと愛のあるところ 神ともに

 『赤毛のアン』、原題〝Anne of Green Gables(グリーンゲイブルズのアン)〟は、カナダの作家ルーシー・モード・モンゴメリによって書かれました。孤児院から畑仕事を手伝う男の子を引き取ろうと考えたマシューとマリラ兄妹のところに、手違いで少女アンがやってきます。アンは兄妹の家(グリーンゲイブルズ…緑色の切妻屋根)に迎えられ、彼らの娘として成長していきます。
 日本では村岡花子氏が『赤毛のアン』として紹介し、私も子どもの頃このアンシリーズに親しみましたが、モンゴメリが1908年に同作品を発表し、たちまちベストセラーとなった当時、文学は子ども向け、大人向けというように分かれていなかったのだそうです。私は後に省略のない翻訳を読んで、この長編小説が、多くの詩や文学、そして聖書の聖句を宝石のように引用し、大人の読者に向けて書かれていることを知りました。この物語には、大人になって読んでも色褪せない、さらに心に染みる深い味わいがあるのです。
 物語の終盤に、こんな場面があります。クイーン学院の卒業式を終えて帰省したアンが、夕方ゆっくり乳牛を追うマシューと一緒にグリーンゲイブルズに帰ってきます。アンが「私が男の子だったら、たくさんお手伝いをして、お仕事を減らしてあげられたのに」と言うと、マシューはアンの頭をポンポンたたきながら、「そうさな、男の子が1ダース束になったより、一人のアンの方がわしはいいな。忘れるんじゃないよ。…とっても自慢のわしの娘さ。」そう言って、いつものはにかんだような微笑みをアンに向けるのでした。その翌日、どんなときもアンの味方だったマシューは天に召されていきます。※
 私たちの人生にも、マシューのように「他でもないあなただから、あなたを大切に思う」と、懐に迎え入れてくれた人がいたのではないでしょうか。今、アンとマシューが彼らの家に帰ってきたその夕方を想いながら、幼い私に聖歌39番「たそがれの空」を教えてくださった櫻井房江先生のことを思い出しました。その頃先生は、上田の聖ミカエル保育園で聖歌を教えておられ、園の「おかえりの歌」だったこの歌を降園前に皆で歌うたびに、心に染入るようなしみじみとした思いを感じたことを覚えています。成人してから先生に再会した時、次のようなお話をしてくださいました。聖ミカエル保育園に通っていた頃、ある時卒園生の少年が電話をかけてきたそうです。彼が電話の向こうで、とぎれとぎれに「たそがれの空」を歌ったと。その彼はきっと、この歌に満ちていた平安、いつくしみと愛を思っていたに違いないと思います。それは私があの場所で、この聖歌とともに感じていた同じ息吹だったのではないかと思うのです。先生がいつか「個人的なことは、普遍的なこと」と言われていたことを意味深く思い出します。
 アンが幼い日に求めてやまなかった家族をマシューは与え、その愛は彼女を育み、生かし続けました。私たちもまた、他でもないあなたを大切に思う、と神の家族から主の家に招かれ、そこで出会った主によって今生かされています。主の御復活、おめでとうございます。
イエスは…世にいるご自分の者たちを愛して、最後まで愛し抜かれた(ヨハネ13章1節)
※L・M・モンゴメリ(原著)、松本侑子(翻訳)(1993)『赤毛のアン』東京:集英社

司祭 マリア 大和玲子
(長野聖救主教会牧師)

見よ、神の幕屋が人と共にあり

 2月8日から2泊3日、中部教区主教座聖堂を会場として、「中部教区・京都教区合同教役者会」が開催されました。合わせて30名の聖職者たちが一同に会し、豊かな恵み多き時を共に過ごすことができました。
 主教アワーでは、〈聖書における『天幕』理解と「人間性の回復」〉というテーマでお話させていただきました。創世記、出エジプト記から、福音書、ヨハネ黙示録に至るまで、通貫するメッセージは「天幕」性の大切さであった。聖書における「天幕」とは、人が神と出会う場であり、共生の場、不正義への抵抗の場であった。旧約の神から新約のイエス・キリストに至るまで、神殿を立てよと命じられたことは、ただの一度もない。固定された神殿の維持に固執する姿勢から、もう一度原点に立ち返り、「天幕の霊性」の回復、「天幕的な在りよう」について、ぜひともこの機会に考えたい。
 聖職のみなさんは熱心に質疑くださり、さらに深めてくださいました。「神は今日、どこに天幕があることを望んでおられるのか」を問い続けること、天幕とは、箱(建物)のことではなく、人(私たち)のことではないか、という視点も確認されました。
 最後は、主教座聖堂での聖餐式でした。両教区の聖職団が共にささげる祈りには聖霊の力をこの身に感じ、それは感動的ですらありました。天幕を教役者の働きだと理解すると、私たちの両教区には40張近い天幕が与えられていて、それぞれ必要とされる地に派遣され、天幕を張っている、ということになるのです。
 「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となる。神自ら人と共にいて、その神となり、目から涙をことごとく拭い去ってくださる。もはや死もなく、悲しみも嘆きも痛みもない。最初のものが過ぎ去ったからである」(ヨハネの黙示録21章3~4節)

中日本宣教協働区:各教区代祷表(2026年度)

中日本宣教協働区では2022年度より各教区諸教会を覚えて互いに祈り合うことを続けています。
今年も各教区(横浜・京都・大阪・中部)の代祷表を掲載し、お知らせいたします。

主日の礼拝の中でお覚えくださいますようよろしくお願いいたします。

中日本宣教協働区の働きの上に愛と平和の主の豊かな祝福がありますように。

※京都・大阪は4月―3月、中部は1月―12月が区切りとなります。横浜は日付ごととなりますので、毎年の更新はありません。変更がありましたらお知らせいたします。

2026年3月礼拝カレンダー

大斎節に入りましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
3月の礼拝カレンダーが完成しましたので、是非ご覧ください。

3/4修正…3/8以降のマルコ、愛知ルカを修正しました。
2/27修正…長野:3/8(み言葉→聖餐式)、3/29(み言葉→聖餐式)に修正しました。
     稲荷山:3/8(聖餐式→み言葉)に修正しました。