人智では計り知ることは出来ず

 1890年は岐阜聖パウロ教会の設立年ですが、大垣聖ペテロ教会(以降、ペテロ教会)の基礎が築かれた年でもあります。この年、A・F・チャペル司祭らは、岐阜県各地で集会を行い、特に大垣には力を入れて講義所を設置し、後に九州教区で司祭となる本田清次伝道師が定住を開始しました。
 翌年、濃尾地震が起き、岐阜も大垣もその建物を焼失してしまいます。岐阜では仮小屋にて礼拝を再開するとともに、被災した視覚障害者の支援を開始しました。大垣では1年後の1892年に仮会堂を建て、大垣聖公会と名付けられました。
 仏教が強固な大垣での宣教には多くの困難があったようです。当時の状況について、横浜教区で従事された後に大垣に来られた田中則貞伝道師は『基督教週報』で次のように報告しています。「東本願寺派の盛りなる地とて基督教を顧るものは殆どなき有様にて、寄らず触らず敬して遠ざけると云ふ有様なれば、伝道は非常に困難なり」、「小生は房州に伝道せし時と比較すれば、殆ど無人島に居る心地せり」。
 こうした中での信徒の働きは注目に値します。「祈祷会は信者交る交る司会奨励いたし居り之は必ず10名以上の出席者有之候」「毎週2日の説教会も半ば信徒の働きといたし居り候」「毎月1回信徒の宅に於て祈祷書講義会など開き居り候」「教会へ出で渋り居る者も此集会へは喜んで出席しいたし候」。今から100年以上前の様子ですが、信徒による礼拝や集会が生き生きと行われていたことが窺えます。信徒主体の集いにこそ、ペテロ教会の礎があったと言っても過言ではありません。
 現在ペテロ教会は中部教区において人数的に最も小さい規模の教会共同体の一つです。しかしながら毎主日の礼拝を信徒が中心になって守り続けておられます。その営みは実に100年以上前から培われてきたものであるわけです。
 ペテロ教会の特筆すべき活動に「大垣市内キリスト教信徒会」があります。1971年に始まったこの会は、幅広い教派が参加しているもので、毎月各教派が持ち回りで集会を行なっています。ここでも注目すべきなのは、この会が「信徒会」の名前の通り信徒によって運営されているという点です。そしてペテロ教会の信徒はこの交わりを中心的に担ってこられました。
 ある信徒の方が、ペテロ教会の宣教開始75年目に際して次のように書いておられます。「この土地に教会を設けられて以来、厳然としてこの教会を維持し給うその大御心、御計画は人智では計り知ることは出来ず、一つの魂をもおろそかにしない神の恩寵を思うと、ただ熱い涙が袖をぬらすばかりである。」「私共はいかに年老いて目が曇っても、霊眼をぱっちりと開いていついつまでも、十字架よりしたたる血汐を見つめ、神が我ら人類に何をなし給うたかを常に考えたいものと思う。」
 ペテロ教会は、定住教役者のいない時代が長く、人数的に大きな教会となったこともありません。しかしながら信徒が主体的に教会を担っておられ、その熱い信仰が受け継がれています。そのようにして130年もの間、この地に信仰が継承されていることに、改めて神の計り知れない働きを感じるところです。


司祭 ヨハネ 相原太郎
(岐阜聖パウロ教会牧師)

海を超え、時を超え、地上と天上を超えてつながる祈り

 先月、豊橋昇天教会で幼子の洗礼式とお二人の堅信式が行われました。主教にとって洗礼堅信式を司式させていただくことは、この上ない喜びなのですが、今回はさらなるお恵みが与えられました。堅信式を受けたのは、白藤亜南さん(11歳)と白藤二架さん(8歳)の姉妹。ソロモン諸島で農業を教えていた白藤謙一さんと白藤シンデレラさんは聖婚後の2013年に来日され、豊橋市に住まわれるようになりました。シンデレラさんのご家族はソロモン聖公会の熱心な信徒。白藤さんご家族は豊橋昇天教会の大切なメンバーとなりました。ところが、シンデレラさんは、2018年に癌が判明。2020年5月4日、主のもとに召されました。34歳でした。
 堅信式の当日は、お母さんの写真も会衆席の最前列に置かれ、きっと天国でこの時を喜んでおられたことと思います。亜南さんが幼児洗礼を受けたのはソロモンの教会でした。箭野眞理司祭から、お父さまの健一さんが亜南さんのソロモン聖公会で出された「信仰の履歴」を発見され、そこには、亜南さんは、2010年に一時帰国し3月7日に、「フィユの王なるキリスト教会大聖堂」で幼児洗礼を受けており、教父母はサンドラ・アシュレイ姉とベンジャミン・カエラ兄であったことが判明したと伺いました。
 私は、ソロモン聖公会元主教で畏友でもあるテリー・ブラウン主教に連絡を取り、教父母についてお尋ねしたところ、教母であるサンドラさんのおつれあいのジョン・アシュレイ司祭のメールアドレスを教えてくださいました。アシュレイ司祭に亜南さんの堅信式についてお伝えしたところ、すぐに温かいメッセージを頂戴することができました。
 「教えてくれてありがとうございます。サンドラと私はまだホニアラの中央教区で奉仕しています。ベンジャミン・カエラも元気で、私たちの住むイサベルの地域のお世話をしています。サンドラと私は今度の主日の聖餐式の中で、みなさまのためにお祈りいたします。私が洗礼を授けたアナの堅信式が行われ、サンドラを彼女の教母として覚えていただいたことを感謝いたします。サンドラが教母をつとめた子の顔を見れるように、アナの最近の写真を送ってください」
 海を超えて、時を超えて、また、地上と天上を超えて、祈りはつながっているのです。私たちの聖公会は、そのような豊かさに満たされた教会であることを、あらためて感謝をしたいのです。

横浜教区「信徒神学校特別講演会」のご案内

【信徒神学校 第28期 特別講演会】
 表題:改めて宣教とは・・・
 日時:2023年3月21日(火)14:15~16:15 講師: ナタナエル 植松 誠主教(前北海道教区主教) 会場:横浜聖アンデレ教会会館
 ※信徒神学校受講生でなくても、どなたでも参加できます(無料)
  Zoomでの配信もあります。
 申込みは、信徒神学校事務局【☏ 045-321-4988 横浜教区事務所内】まで
 E-Mail でのお申込みはshuumu@anglican.yokohama まで
 ※Zoomでのご参加を希望される方はメールでお申込みください。
 詳しくはホームページをご覧ください。 https://anglican.yokohama/7066/

ヨハネ教会週報のあるページ

ドンキーステップ1416

2023年2月12日

愛犬の思い出

我が家では5年前に柴犬を飼い始めました。当時は子供たちがまだ小学生で犬を飼いたいと言い始めており、保健所の保護犬やペットショップを探していました。そんな時にインターネットで2歳の柴犬が売りに出されており、我が家で迎え入れることになりました。名前はブリーダーですでに付けられており「大吉」といいました。それから5年がたち、家族の一員としての生活にも慣れ、「犬生」これからという時期だったのですが無念にも昨年12月に急に体調が悪くなりまして病院での緊急手術もむなしく7歳で急逝しました。子供たちも犬を飼うことが初めての経験でしたので気持ちの整理が難しいと感じていました。その後、ヨハネ教会にて後藤司祭から失意の中にあった我々へ慰めの祝福をいただき、やっと心の平穏を取り戻しつつあります。家庭では大吉が元気だったころの家族との思い出の写真をまとめるなど前向きなことをするようにしています。今回ドンキーステップを書く機会をいただきましたので、後藤司祭から慰めの祝福をいただいた時に読んでくださった聖書の御言葉を読み返すことにしました。幸い我が家にはクリスチャンの義理の父が結婚時に贈ってくれた「聖書スタディ版 わかりやすい解説つき聖書 新共同訳」がありました。

詩篇第104編10〜35節

主が創造した自然と動物たち、その中で生活する人間の豊かな生活が描かれていました。

創世記9章9〜17節

新共同訳で「祝福と契約」の章でした。方舟から出てきたノアに主が契約のしるしを与えたことが「これがわたしと地上のすべて肉なるものとの間に立てた契約のしるしである」と書かれていました。虹が主と地上のあいだの契約の象徴として描かれているのが印象的でした。 後藤司祭から家族に慰めの祝福をいただいたあとで「動物は人間のように罪を犯していないので天国に行けます」と教えていただき、家族全員で心穏やかに帰路につくことができました。今回はこうして聖書を読む貴重な機会もいただけてよかったです。

大切なあなたの思い通りに~主の御心のままに~

 昨年4月に立教学院へ出向し、私自身、また家族、特に今年11歳になり多感な時期を迎えている息子の生活は一変しました。必死に新しい環境に適応しようとする息子の姿に、親として心を締め付けられる思いもありましたが、時を経て、次第に友達もでき、懸命に学校と塾での学びに取り組む息子に、親として胸を撫で下ろすことも増えつつあります。
 しかし、塾での年末年始冬期講習の年末期、息子は4日間のうち3日間を持病の片頭痛を発症させてしまい、半日あまりで早退するということが続きました。息子にとって塾は相当の精神的負担であることは否めなく、4日目は欠席することとしました。そして、同時に年始期の講習も全てキャンセルすることにしました。
 この一年間で、これまで息子自身の中にあった様々なもの、時間の流れそのもの、そして、全てが激変したことにより、大きな精神的負担を息子が抱え込んでいることに親である私は、心のどこかで気づいていました。気づいていたのです…。
 しかし、親として、息子の将来を考え、「今は、これはしておかなければならないこと。今は、それを乗り越えなければならない時」と自分自身にも、息子にも言い聞かせて過ごしてきました。全ては息子のために…と。
 全ては息子のために…。果たして、本当にそうだったのでしょうか?塾の冬期講習をリタイアした息子の体調を心配しつつも、私はある種の苛立ちを心の片隅で感じていました。息子の塾での学びが遅れることに、講習費用が無駄になってしまったことに、息子の学習意欲に疑問を抱いてしまっている自分自身に。
 この自分の中に生じた苛立ちと向き合ううちに、私は自分でも気づけていなかった自分自身の本心に気がつきました。私の本心とは、実は「全ては息子のために」ではなく、「息子の全てを自分自身の思い通りにしたい」だけだったのです。そして、「子どもは、親の思い通りになる」と勘違いしていたのです。だから、私は自分の思い通りに、塾での学びを全うできない息子に、そして、その事実に言い知れぬ苛立ちを感じていたのです。
 「子どもは親の思い通りになる」この勘違いは大切な子どもの真の姿を見えなくさせ、時に、子どもの未来に親自身が立ちはだかってしまうという悲劇を招きます。
 主イエスは12歳になった年の過越祭の神殿詣での際、母マリアと養父ヨセフと3日間もはぐれてしまいます。必死の思いで、愛する我が子を見つけた母は、息子に向かって、こう言います。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんも私も心配して捜していたのです」(ルカ2:48)と。
 この言葉は当然、我が子イエスに対する母の深い愛に基づく言葉ではありますが、やはり、親の視点でしか語られておらず、その真意は「子どもは親に心配をかけてはいけない」というものであり、親の言うことを聞いて、素直に付いてこなかった我が子イエスへの両親の苛立ちを強く表現しています。
 この二人にとって、この時、イエスは徹底して〝我が子〟であり、決して〝主〟ではなかったのです。「子どもは親の思い通りになる」という勘違いと、自分自身の思い通りにならない我が子への苛立ちが、大切な〝我が子〟の真の姿は〝主〟であるという真理を見失わせてしまったのです。
 私たちは、自分自身の子どもに留まらず、家族や近しい誰かを思い通りにできる、思い通りにしよう、思い通りにしてもいいと勘違いし、その存在を所有してしまった瞬間、その大切な存在の本質を見失い、その存在そのものを失ってしまうのではないでしょうか。
 大切なのは、「自分自身の思い通りに」ではなく、「大切なあなたの思い通りに」(主の御心のままに)なのです。

司祭 ヨハネ 下原太介
(立教学院出向)

〈信仰の襷〉を繋ぐこと

 2023年となりました。本年も中部教区聖職・信徒が祈りを合わせて、ていねいな〈宣教・牧会〉を誠実に担いあいたいと願います。
 新年1月1日(日)は名古屋聖マタイ教会・主教座聖堂において、主イエス命名の日・主日聖餐式の司式・説教をさせていただきました。本来は、翌2日(月)、3日(火)は久しぶりの休日の予定でしたが、立教大学が実に55年ぶりに箱根駅伝本戦に出ることになったため、私も総長として、急遽、現地で応援することとなりました。
 12月26日(月)には、立教学院聖パウロ礼拝堂で、「立教大学箱根駅伝出場感謝/ユニフォーム推戴式および壮行礼拝」が開催されました。礼拝の中で、立教大学の襷(たすき)と選手のユニフォームが祝福され、私から選手代表に襷を手渡しました。
 そして、今回の箱根駅伝では、往路復路全10区間、この襷は見事に繋がり、ゴールを果たすことができました。実はこの襷には、10名の選手たちだけではなく、部員全63名がサインをした名前が記されていました。箱根路を走った選手たちは、部員全員の思いと、私たちすべての祈りを繋いでくれたのでした。
 駅伝は、それぞれの区間は一人で走るという意味では、限りなく個人競技であると共に、襷を繋いで、チームとしてゴールを目指すという点で、完全な団体競技です。
 教会もまた、個々人が信仰に生きると同時に、その信仰を先達たちから受け継ぎ、そして未来へと継承していくことによって成立する共同体です。そういう意味では、私たちは、イエスさまが〈語られ、為さったこと、命じられたこと〉、すなわち、主イエス・キリストの〈ミニストリー〉を「信仰の襷」として受け、誠実にそれぞれの人生という路を走り抜き、そして、次の世代に託していく者たちなのだろうと思います。
 信仰の襷を繋ぐこと。それを「使徒継承」と言うのでしょう。

教区間協働!?再編!?(9) “チャプレン研修会を開催”

 2022年11月28日(月)午後7時から、中日本宣教協働区(横浜・中部・京都・大阪の4教区)にある諸施設のチャプレン及び協働委員総勢41名がオンラインで繋がり、研修会が開催されました。2020年の日本聖公会総会決議により「宣教協働区」が設置されて以来、中日本宣教協働区協働委員会では教区の枠を超えた課題を共有し、協働の可能性を追求してきました。その中で4教区共通の課題として当初から繰り返し話題に上ってきたことの一つが、チャプレンの働き(チャプレンシー)についてです。
 中日本宣教協働区内には、大学、短大、高等学校、中学校、幼稚園、保育園、認定こども園、病院、福祉施設、ホテルなどの関連機関があり、各教区はそれぞれにチャプレンを派遣しています。しかしながら、殆どの教役者は神学校でチャプレンの働きについて学ぶこともなく、遣わされた現場で孤軍奮闘しながらその重要な役割を担っているという実情があります。そのような認識に立ち、まずチャプレン同士の分かち合い(ピアサポート)の場を作りたいとの願いから今回の研修会が実施されることになりました。
 限られた時間の中でしたが、まず協働委員の1人から経営の視点(理事長)からチャプレンに望むことについて話があり、続いて各カテゴリー(幼保、中高、大学、病院、福祉施設)から5人のチャプレンの体験談を聴くことができました。各々がとても率直で切実な思いを語られたこともあり、大変興味深く共感を覚えました。何より各現場へチャプレンとして派遣された教役者が、信徒ではない学生や利用者、教職員やスタッフたちといかに関係性を構築していくか…という難題に日々心を砕いていることが強く印象に残りました。次回は対面で開催できることを願っています。
 尚、本研修会報告書の入手をご希望の方は当方までお声がけください。

Jsキャンプ(中高生キャンプ)@沖縄のご案内

教区運営会議では、教区の青少年活動の活性化のため、また、中日本宣教協働区での協働を深めるため、添付にあります「Jsキャンプ@沖縄」(京都教区宣教局教育部主催、中部教区協力)への中高生への参加を、中部教区の教会に呼びかけることにいたしました。

詳細は案内をご覧いただければと思いますが、「Jsキャンプ@沖縄」は過去に何度も行われており、今回は、中部教区もその準備に協力し、当日も現地にスタッフを派遣する予定です。

申し込みは、来年1月18日(水)までに、金沢聖ヨハネ教会まで直接お願いいたします。