『「クリスマスキャロル」 の響く小布施町』 

私は、 新生病院に赴任してまだ1年経過していませんので、 ここ小布施の12月・クリスマスに何が起きるのか知りません。
しかし、 毎年のクリスマスイブの夜、 当新生礼拝堂を拠点に、 教会のメンバーや病院関係者また小布施・近隣の住民らが集い、 自然に聖歌隊が結成され、 手に手にペンライトを持ち、 肌を切るような風に頬を赤く染めながら町の通りを歩み、 所々立ち止まっては聖歌を歌うというキャロリングは、 小布施町の年末の恒例行事なのだそうです。
『闇を行く明りの列と聖歌の響きは、 町を幻想的な空気で包み、 人々はその独特の風情に胸を熱くする。 年によっては、 舞う粉雪が粋な演出をしてくれる』 と中島敏子著 「新生病院物語」 という本に記されていますが、 きっとそうだろうと想像し、 心が踊ります。
単にクリスマスが一つの教会の狭い行事でなく、 町・地域の人々と共に幼な子イエスの誕生をお祝いし、 「静かな夜・聖しこの夜」 を体験し、 町・地域全体が 「文化としてのクリスマス」 を喜びあうのは何と凄い事でありましょう。
私達は、 キャロルといえば、 すぐ 「クリスマスキャロル」 を思うのですが、 キャロルは、 元々は自国語の歌詞で歌われる喜ばしい感じの、 各季節の宗教的民謡といっていい歌です。 従ってクリスマスキャロルは、 当初、 必ずしもキリスト教会と結びついたものではなく、 一般民衆が祝歌・讃歌として歌っていた 「世俗音楽」 だったのです。 しかしこれを 「教会音楽」 にしたのは、 あの宗教改革推進者のマルティン・ルターであるという歴史があります。
また 「キャロリング」 というのは、 クリスマスイブの夜、 教会に集まった子供達が街の家々を訪ねて、 クリスマスキャロルを歌う慣習が欧米にあり、 これを英語で 「キャロリング」 と言っておりました。
そもそも民衆の歌であったキャロルがキリスト教会の賛美歌となり、 特にクリスチャン人口の少ない我が国に於いては、 キリスト教会でのみ歌われていたのを、 小布施ではあらためて教会の枠を取り外し開放し、 本来の姿に回復した形で具現化したキャロリングが実施されるのです。 偉大な生ける神の恵みだと思わざるにはいられません。
小布施町年末恒例行事でもあるキャロリング、 これはもう小布施町の文化です。
以前、 司祭で教育者のケネス・ハイムという方が 「文化としてのクリスマス」 という文を書かれ、 その中に次の様な言葉が綴られています。
『最初の降誕物語から遠くかけ離れ、 初めの意味が見失われてしまったような催しでさえ、 文化の力を持っているように思えます。 その動機が営利追求でしかないデパートの飾りでさえ、 降誕物語のもつ力を証しする文化的遺産であるといえるでしょう。 いずれにしろ、 メサイヤを聴いたり、 ジングルベルを歌う未信者たちも、 降誕物語の中心から光が輝き出る光景の中に包み込まれてしまうのです』 と。
正に小布施の町も、 キャロリングをする時に、 幼な子イエスの誕生、 この誕生した幼な子はすべての生命を照らす光としての意義をもつとのメッセージの中に包み込まれてしまうのです。 ハレルヤ!

司祭 パウロ 松本 正俊
(新生礼拝堂副牧師・新生病院チャプレン)