平和を想う時

先日、岐阜市で開催されていた「子どもたちに伝える平和のための資料展」を見てきました。岐阜市は1945年(昭和20)7月9日深夜から10日にかけて米軍の空襲を受け、市の中心部のほとんどが焼かれ、約900人の犠牲者が出ました。
岐阜市は7月9日を「平和の鐘の日」とし、空襲での犠牲者を追悼し、戦争の悲惨さ残酷さを後世に語り継ぎ、平和への祈りを込めて鐘を鳴らします。この資料展もその一環として開催されています。主催は岐阜市ですが、企画・制作は「岐阜空襲を記録する会」が行っており、会の事務局長は岐阜の教会のメンバーが務めておられます。
資料展の規模は小さなものですが、畑を耕している小学生の様子や空襲前と空襲後の市内を写した写真、実際の焼夷弾などが展示されています。アメリカ軍が空襲1ヶ月前に撮影した岐阜市の航空写真は実に鮮明です。
当時の岐阜市中心街は空襲による火災の延焼を防ぐため道路が拡張されましたが―岐阜の教会もその時に強制的に撤去させられました。(戦後、現在の場所に移りました)―いざ空襲になりますと焼夷弾の威力の前には道路の拡張など何の意味もありませんでした。市内は焼け野原と化したのです。
8月は平和を想う(願う)時です。戦争は国と国、人と人とが争い、殺し合うことであり―しかも、無垢な非戦闘員が一番の犠牲になります―、平和な生活がすべて灰燼に帰すことを意味しています。
旧約のイザヤは「剣を打ち直して鍬とし 槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない」(2・4)と預言していますが、戦争の気配を感じさせるような昨今、武力では決して平和な世界は生まれないということをわたしたちは過去の戦争の経験から学ぶのです。