『人間回復』

心身が癒されるような早朝の空気の爽やかさ、澄み渡った青く高い空に、夏の疲れや記憶も薄れて行くようです。この夏は温暖化の影響が一層現れ、長雨、雷雨、豪雨の次は、連日のじりじりと焼かれるような日差しと暑さが際立ちました。被災された皆様にはまだまだ心労が絶えないことと思います。心よりお見舞い申し上げます。
季節が移ろうにつれ、爽やかで、すがすがしいと、食べものが美味しい。美味しいものを食べると幸せな気持ちになる。幸せな気持ちになると穏やかで優しく、なります。
人の気持ちといった心や身体の状態も気候に左右される、いやむしろ自然の一部なのだとあらためてつくづく思うのです。人がいかに気候に、精神的にも肉体的にも影響され易い弱い存在か、を著わしたものがあります。モーパッサンの短編『雨』(※題やあらすじに間違いがあるかも知れません。記憶だけのため、その際にはご容赦下さい)
希望と夢に満ち溢れた一人の青年宣教師の話であります。
南海の島にキリスト教宣教師がやってきた。人々は大らかで、陽気で、親切で、生きていることを心から楽しんでいるような生活を送っている。しかし、彼には倫理観が欠如し、神を知らしめ、救うべき人々としか見えなかった。自分の務めがこの島においてはいかに重要であるかを確信し、この島に来たこと、その導きに感謝し、毎朝、伝道の成功を祈り、今日も一人の女性に、彼女がしていることは姦淫の罪を犯していること、神の罰を受けなければならないことなど、無知な相手に根気強く語り聞かせ、神を知らしめることができたことを喜び、気力も一層充実し、満足感と自信に満ちていた。季節は雨期となり、連日雨が降り続き、外を出歩く人もいない。蒸し暑い日が続く。毎日降り続く雨は、次第に彼の気力を萎えさせていく。アルコールの力を借りて気持ちを奮い立たせようとするが、体力も衰え、憂鬱さも日増しにつのり、ついに自分がかつて断罪した女性と同じことをしてしまう。自信も誇りも失い、自らを裁き、ピストル自殺をして生涯を終えてしまう。外は相変わらず、今日も雨が降り続いている。
人間の歴史は知性や理性と粘り強い意志によって環境や状況を克服してきた歴史だと言えなくもないでしょう。しかしその歴史や、思い上がり思い違いの影には多くの悲劇、不幸、悲惨、貧困をも生み出した歴史でもあります。
人間の意志の強さと言っても、我々自身の利便性の追求であり、欲望追求の強さです。競争社会の中で傷ついた者、倒れた者、教育の選別化、差別化で落ちこぼれた者を生むのでなく、着たい食べたいという尽きない欲望から、分けあい、仕えあう生き方へと変える強さでありたいと思います。人が本来持っている思いやりと愛との回復、たとえ自然の中での存在は弱くとも、自然のリズムに逆らわず調和した生活に戻ろうとする意志の強さと選択によって、歪められた人間性を回復することが何よりも求められていると思えるのです。

司祭 エリエゼル 中尾志朗
(松本聖十字教会牧師)